岸田真理子公式サイト「金星美術館」のblog、“準備室だより”です。作品展のスケジュールなどをお届けします。
サイト運営担当のyamamomoが作品に感じたことや引き出されたことなどを、“見る側”のひとりとして書いたりもしています。

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「街の灯」
前回、あちこち行かなければならなくて、と書きましたが・・・それにも増して、さらにあちこち行ってきた11月でした。


  
   岸田真理子 街の灯 

   Special Thanks to: Ikezaki Tsuguhito



今日の岸田真理子さんの作品は、水に映る街のあかりを描いたものだと思います。

空気がつめたくなってくると、月や星からとてもくっきりした光が届くようになりますが、それは電気のあかりも同じで、とりわけ静かな水面に映る夜のあかりには、地面のうえにあるほんとうのあかりより、もっとたしかに感じられるようなところがあります。

夜の水の中に見えるのは、ヒトのあかりです。
その街で暮らす人々のあかり。
水鏡に映る無防備にこぼされたあかりに、月や星や雲や、山の樹々や夜風は、街の“ほんとう”を見ているかもしれません。

わたしがうつくしいと感じるあかりと、夜を形づくるものたちがうなずいてくれるあかりは、同じでしょうか。かれらがうなずいてくれる街で、わたしは暮らせているでしょうか。



[writer:yamamomo]
| 作品のこと|ドローイング | 23:06 | comments(0) | - |
「お散歩」(銅版画)
受付係が病気でもしているんじゃないかとご心配くださっているみなさま。
すみません。ちゃんと元気にしております。

9月の後半くらいからでしょうか、あちこち行かなければならないことが続いていました。


  岸田真理子 銅版画「お散歩」 

   Special Thanks to: Ikezaki Tsuguhito



遠くへ行くとき――行った先で迷子になったり、時間が足りなくなったりしたら困るようなとき、出かける前にいっしょうけんめい、調べます。
よく調べておくと、失敗もしないしうまくいく。

でも、予定通りにかけ足で訪ね歩きながら、ちょっとつまらない気持ちになるのです。
はじめて歩く街角を、足の裏で確かめながら少しずつ知っていきたいのに、あの角を曲がってみたいのに、調べて“もう知っている”ものをなぞっているだけで終わってしまう。
なぞらなかった線のことを、わたしは知らないまま、そこをはなれる。

思っているところへまっしぐらに運んでくれる乗りものはとても便利なんだけれど、あんまり速いものだから、“いつも”と“特別”を、わたしはうまくつなぎ合わせることができない。

自分の足でとことこ歩いていけるところだけを、速くもなく遅くもないリズムで少しずつ知りながら過ごすほうが、だんだん深く知っていくほうが、ずっと世界の一部になれたように感じるのは気のせいではないと思います。

だって、今日の原っぱが、昨日の原っぱとはもう同じではないことを、自分の足や羽で行けるところだけで暮らしているひとたちは知っているのです。
そして、原っぱをちゃんと毎日知りなおしているひとたちは、地図の切れ端を集めることに追われているわたしたちよりずっと、世界を分かっているのです。


[writer:yamamomo]
| 作品のこと|銅版画 | 23:46 | comments(2) | - |
月舟夜会 会場はこんな様子でした
12日、中秋の名月の「月舟夜会」。
一日限りながらたくさんの方が訪れ、“絵と過ごす”時間を愉しまれたそうです。

岸田さんご本人が撮影された当夜の画像を送ってくださったので、集われた方たちのお顔が写っていないものを選んで少しだけお目にかけたいと思います。



      月舟夜会 岸田真理子 向島 Kono月舟夜会 岸田真理子 向島 Kono月舟夜会 岸田真理子 向島 Kono月舟夜会 岸田真理子 向島 Kono



会場は、向島の美容室konoさんの、ご自宅スペースと店舗。
こうしてたくさんの絵を展示することがとても自然になじむ、シンプルでやわらかい空気のあるお住まいのご様子で・・・こういう会がもたれたということを、あらためてうれしく感じました。


絵をふくめて、「作品」ということばを使うと、鑑賞しなくちゃ解釈しなくちゃとか、ちょっとかしこまらなければいけない雰囲気がただよってしまうことがあります。
ですが、ほんとうはもっと身近にあって、いっしょに“過ごす”“暮らす”というのがふさわしい距離感のものだと、わたしはいつも思うのです。

何か惹かれるところがあったり、通じるものがあると感じたり、なぜかただ自分の毎日の中にあってほしいと思ったり――それをどうしてだろう、とつきつめる必要はないですし、ことばに置きかえてだれかに説明する必要もありません。

いっしょに過ごしたい、いっしょに暮らしたいと思ったら、ただそうすればいいだけです。
今ある場所に、そのまま迎える。

どんな部屋に住んでいるかとか、そういうことは実は意外と関係なくて、その人が惹かれた作品なら、お家のどこかに似合う場所があるものです。せっかくの出会いを、思い込みに目かくしされて見のがしてはもったいないんじゃないかなぁ、と。

別にむずかしいことではなくて、こういうことですよ、というひとつの形を見せてくれたのが月舟夜会だったかもしれないなと、足を運べなかった受付係は思ったのでした。






[writer:yamamomo]
| グループ展など | 01:59 | comments(0) | - |
                                         
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