岸田真理子公式サイト「金星美術館」のblog、“準備室だより”です。作品展のスケジュールなどをお届けします。
サイト運営担当のyamamomoが作品に感じたことや引き出されたことなどを、“見る側”のひとりとして書いたりもしています。

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「ユラユラ」(銅版画)
タイトルが、擬音語。
これは風の絵。きっと。



  岸田真理子 銅版画「ユラユラ」 

   Special Thanks to: Ikezaki Tsuguhito



岸田さんの作品はたくさんたくさん見ていますが、擬音語がタイトルになっているのはこの作品と、次回ご紹介するつもりの2点だけのような気がします。

わたしはいつもごく普通の自転車、いわゆるシティサイクルというやつであちこちへ行きます。自分がペダルをこぐことで感じる空気の流れは、風ではなくて(と、わたしが思っているだけですが)、それ以外のいろんな風を、外に出ている間中、体で感じます。


押さえつけるような風・やわらかい風・軽やかな風・しめった風・・・
いろんな風があるのですが、昼と夜では風そのものに対する感じ方が少しちがうな、そう言えば――と、この作品を見ていて思いました。

昼間の風はある・ないの感覚なんですが、夜はそれだとちょっとしっくりこない。
飲食店以外は閉まってしまって車の数も少なくなってきたころの時間帯、どちらかというと風は「いる・いない」の感覚に近いような存在なのです。

いっしょに活動しているものたちが減ってくる夜。風とわたし。
お互いに気持ちを向ける相手が少なくなる分、よく感じることができるのでしょうか?

風は、わたしから遠いところにあるものたちに触れながら、やってきます。
風に乗って、遠いところにあるものたちがやってきます。

そういう風のことの、そういう風との時間のことの絵だとわたしは思います。


[writer:yamamomo]
| 作品のこと|銅版画 | 21:14 | comments(0) | - |
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