岸田真理子公式サイト「金星美術館」のblog、“準備室だより”です。作品展のスケジュールなどをお届けします。
サイト運営担当のyamamomoが作品に感じたことや引き出されたことなどを、“見る側”のひとりとして書いたりもしています。

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ドローイング #29
2001年に描かれた岸田真理子さんのドローイングをご紹介しています。



  岸田真理子 ドローイング 

   Special Thanks to: Ikezaki Tsuguhito



ドローイングのご紹介、今回の分(おっとりおっとり更新していたので足掛け4か月に渡ってしまいましたが・・・)はこれでひと区切りにしようと思います。

岸田真理子さんの作品に限らないと思うのですが、ドローイングって写真に少し似ているところがある、と感じます。
容易にはとらえがたいもの、あるいは瞬間の姿をとらえて、ある大きさの平面に映しこむ。
とらえたものを作品として再現する力はもちろんたいせつなのですが、“とらえる”ところにいちばんたましいがあるような気がする。
誰かがとらえてくれた姿に、作品を見る側は“ずっと終わらない瞬間”の中でふれることができます。

岸田さんのドローイング以外の作品――ペインティングや銅版画――には、まるで宇宙のように無数の、リズムや時間の速さや思いやが描かれています。
みなが混然と、でも調和していて、しずかにうつくしいさま。
その無数のひとつひとつが、たとえばこうした、とらえられたいとおしい瞬間の姿たちなのでしょう。


やわらかで不確かで流動的で、とどまっていてはくれないものの集合体で世界はできていて、その一部として生きるのが、わたしたち。
世界の一部でありつづけるために、わたしたちはそれらの不確かなものたちと離れてはならないし、わたしたちもそのようにあるのが“ほんとう”ではないか、とも感じます。
理屈ではなく、岸田さんの絵を見ていると、そういうことを、ただ感じます。


*記事タイトルの#XXというナンバーは、準備室だよりでのご紹介順を
 示すためのものです。作品にふられた番号ではありません




[writer:yamamomo]
| 作品のこと|ドローイング | 13:14 | comments(0) | - |
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