岸田真理子公式サイト「金星美術館」のblog、“準備室だより”です。作品展のスケジュールなどをお届けします。
サイト運営担当のyamamomoが作品に感じたことや引き出されたことなどを、“見る側”のひとりとして書いたりもしています。

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
記事のテーマ
以前の記事
コメント
                               
<< ドローイング #22 | main | ドローイング #24 >>
ドローイング #23
2001年に描かれた岸田真理子さんのドローイングをご紹介しています。



  岸田真理子 ドローイング 

   Special Thanks to: Ikezaki Tsuguhito



「満ち足りている」というのはどういうことなのか――定義はできないだろうと思います。

けれど、植物の姿に「満ち足りている」と感じることがあります。
そこに意識を向けると、“ゼロ”ということばが、浮かんできます。

必要なだけ生まれ必要なだけ奪い、さまざまな必然の末に、おそらく、今。
たとえ衰えていく途上にあってさえ、嘆きも焦りもなく、抗議の声も聞こえません。
求めることも拒むこともない様が、満ち足りているように映ります。

ヒトは、あのように満ち足りることはできません。
求め、得ることで満たされようとし、よろこんだり打ちひしがれたりをくり返しながら生きていきます。
ではそれが虚しい姿なのかというと、そうでもない、と思います。

このようにしか生きられないヒトがあって、朽ちていく過程ですら満ち足りることができる者たちに、その宇宙に、幾重にも取り巻かれている。
うつくしい“ゼロ”の光景になることはできなくても、重なりあう宇宙を感じている間だけは、そこに限りなく近づくことができる。

ヒトは、それでいいと思います。ゆるされないほどに思い上がることさえなければ。
それくらいしかできないなら、うつくしいゼロに目をこらして生きていけばいいと思います。




*記事タイトルの#XXというナンバーは、準備室だよりでのご紹介順を
 示すためのものです。作品にふられた番号ではありません




[writer:yamamomo]
| 作品のこと|ドローイング | 23:59 | comments(0) | - |
コメント
コメントする