岸田真理子公式サイト「金星美術館」のblog、“準備室だより”です。作品展のスケジュールなどをお届けします。
サイト運営担当のyamamomoが作品に感じたことや引き出されたことなどを、“見る側”のひとりとして書いたりもしています。

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「歌う8月の夜」(ペインティング)
今日はドローイング紹介お休みです。公式サイトTOPページの作品を変えました。
岸田さんが描いた、90年代前半の夏の夜。



 歌う8月の夜


 岸田真理子 歌う8月の夜

 
 1993年[サイズ確認中です]



近日中に、もう少し大きい画像と部分拡大画像を展示室に追加する予定です。少し、お待ちください。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

“おとな”になってからの夏は、暑さを避けて出歩く回数が控えめになったりするせいもあってか、世界の勢いに体が翻弄されるからか、ささやかで取るにたらないものである自分――それはけして悪いことではない――を、ぼんやり考えることが多くなるような気がします。
浅く、断片的に――それも、けして悪いことではない――、いくぶん朦朧とした意識の中で。


「わたし」をつかまえようと思いめぐらす事柄のうちで、画期的法則を導いてくれるわけではないけれど、何か少し見えたように感じることができるテーマ(?)が“惹かれるということについて”です。


自分が評価できないもの、あるいは嫌悪するものについて、そのわけを具体的に挙げることは、さほどむずかしくありません。イメージに近いことばは、だいたいの場合手が届くところから集めてくることができます。

けれどもその反対、評価するもの・支持するもの・惹かれるものについて語ろうとするときの、“うまく言えない”もどかしさ。
核心にたどり着けないことばの堂々巡り・・・そこから解放される日は永遠に来ないことを、いつの間にか知っていたような気がします。

いいと感じること――“好き”という感覚。
それは広がって、融合して、生み出して、透き通ったり、はじけたり、ひとつの姿にとどまっていることはないものなので、言い尽くすことができなくて当たり前ではないか、と。


あるものに惹かれる自分。
なぜ惹かれるのか・どのように惹かれるのかを、伝えたくなる自分。
分かってほしい、共有したいと欲するのはたぶん本能。
でも伝えきれない。

では、思惑も計算もなく、ただ純粋に伝えたいという願いは、結局かなわないものなのかというと、そうではないとも、思うのです。

同じものに「いいね」と感じられる仲間を、増やしていけばいい。
よさを直接ことばにできなくても、「これが好き」「これ、いいな」を重ねていくうちに、やがて伝わる。説明で理解してもらうより、ずっと深く、あたたかく。
そしてきっとそれが、ほんとうに望んでいた共有の形なのです。


「8月の夜は、歌いますよね」
「うん。歌う」

それ以上はことばにしなくても、それぞれに感じるものがあることも分かりながら、同時代を生きていくことができればいい。いつか、そうなれればいい。
たとえば、そういうこと。

もどかしくても、急がない。伝えることも、分かることも。



[writer:yamamomo]
| 作品のこと|ペインティング | 23:43 | comments(0) | - |
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